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ルームシェアの話(2012/10/18) 



自分を呼ぶ声が聞こえるんですよ。
その声を頼りに進んでいくと風呂場で、嫁が「お湯が出ない」と騒いでいたんですけど
ただ単純にガスの元栓が閉まっていただけなので開いてやると
「さんきゅー☆」
とか言いながら、僕がまだ風呂場の中にいるのにシャワーを浴びだしまして。
まぁ当然濡れるわけですよ。
清純そうな外見のくせに街一番のビッチって女の股間くらい濡れるわけですよ。
これにはさすがの僕でも怒る。仏のまさぼうと呼ばれた僕でも怒る。
前の車に車線変更されただけで烈火の如く怒り狂う僕でも怒る。
怒った僕を見て嫁はたいそう悲しみまして。
「もっと甘い生活がよかった。こんなことくらい笑って許してくれる甘い生活が」
とかなんとか言うわけですよ。
助けに来た奴に熱湯かけた奴の言うことじゃないし、
僕は釣った魚には餌をあげたくないタイプの人間なので甘い生活なんて反吐が出る思いだったので
あいわかった、と。僕は紡ぎ出す訳です。
甘い生活なんて碌なもんじゃあねぇ、と、
昔blogで書いた、甘い生活をテーマにしたあの話を。





翔太郎にとって星は誰よりも近くて、誰よりも遠かった。
彼は幼い頃事故で父を亡くした。彼の目の前で起きた事故だった。居眠り運転で暴走した車が歩道に乗りあげた。手を繋いで信号待ちしていた自分がフラフラと飛ぶ蝶を見て歩き出したの追ってきた父が轢かれた。幼い翔太郎でも父がもうどこかへ行ってしまった事は一目でわかった。あの時なぜ父の手を繋いでおけなかったのか。母が言った。父は星になったんだ、と。意味なんてよくわからかった。だから父がいなくなったあの日の夜、星に手をかざして父に会いたいと願った。ずっと夜空を見上げていた。何時間そうしていたかはわからない、なぜそうなったのかもわからない、気がつくと翔太郎は空を飛んでいた。初めは恐怖が強かったが、そのうち自由に上下左右に飛行できる事を理解し思った。星になった父にこれでまた会えるではないか。目で見えているんだ、そんなに遠くはないはずだ、と。しかしいくら飛んでも、どれだけ地上が遠くなってもあの星は遠く離れたままだった。あんなに近くに見える星にどれだけ近づこうとしても、どれだけ手を伸ばしても届かなくて、やっぱり父には会えなかった。しかしあの星の瞬きを見ていると不思議と心が安らいだ。


「はじめまして、翔太郎です」

誰もいない閑静な住宅地に自分の声が響く。冬が終わりを告げ、暖かな日差しが照りつけ始めたそんな頃、翔太郎は見知らぬ街にいた。この春から大学生になるにあたって一人暮らしをするためだ。父親をはやくに亡くし、死に物狂いで自分を育ててくれた母からいち早く自立してあげたかった。今日から、この街で生活費はもちろん学費も何もかもを自分で稼いで生活するのだ。反対する母を強引に押し切って、今回の一人暮らしを決めた。自分から開放してあげたい、母には新しい人生を歩んで欲しかった。

大学の合格通知が届いたその日に、翔太郎は大事に貯金しておいたお年玉を使ってこの街に来た。春からの住居を探すためだ。まずは住む場所だと勢い勇んで入った一軒目の不動産屋で驚いたことに掘り出し物の物件があった。貧乏学生にはもってこいの格安家賃のルームシェアの部屋だ。

そして今。その部屋の前に立っていた。実家を出て新幹線に乗って電車を乗り継いでいる間、ずっとこの言葉を繰り返していた。

「はじめまして、翔太郎です」

人見知り気味の彼にとってはこんな簡単な言葉でさえ、外国の言葉よりも遥かに伝えがたいのだった。ルームシェアの相手は「出町柳紅蔵さん(21)」名前の通りちょっと個性の強い男の人らしい。無意味に怖いらしい。
どうやら同居人に相当問題があるらしく、この格安家賃なのだそうだ。今回翔太郎が不動産屋と契約した時も、前日に前任の同居者が逃げ出したらしい。そこへ気の弱そうな田舎者がひょこひょこやってきた、というわけだ。五反田紅蔵さんは色々忙しいとかで未だにその姿を拝見したことがない。気にかかる点は多いがこれは人に慣れる試練。初めに一番キツイ所から行ってしまうと、あとは何が来ても大丈夫だろうという彼の考え。母に迷惑をかけない強い人間になりたかった。

彼はこれから住まいになるその部屋の前に立つ。心臓が脈動する。すでに中で人が殺されていたらどうしよう?証拠隠滅のために細かくスライスされ、トイレに流されている真っ最中だったら?

「今日は焼肉ですか?」

なんて素敵な返し、自分にできるだろうか?力強くノックする。高ぶりきった彼は返事を待てず、叫ぶように言いながら思いっきり扉を開ける。

「どうも~、しょ」

声が止まる。扉を開けたとき、大きな音がした。衝撃音。そしてドアに走った鈍い感触。金属をハンマーで殴ったらちょうどこんな感じになるだろう。おそらく誰かがドアにぶつかった。多分ノックを聞いたからドアを開けようとしてくれたのだろう。扉をゆっくり開くと、中には誰かが倒れている。頭を手で押さえて。

(報復が来る)

翔太郎は確信する。

「紅蔵に瞼だけ切り取られる!」

全力で部屋から逃げようとした彼の耳に

「痛たた・・どうもすいません・・私ドンくさくて・・」

声が届く。
あれ?紅蔵さんってこんな女っぽい声なのか?どうでもいい。とりあえず謝ろう。とにかく謝ろう!額の皮が千切れて、頭蓋が見えるくらい地面に擦りつけよう!!

「紅蔵さん、すいません! 俺調子こいてました! 発売日にNINTENDO64買ったあの日くらい調子こいてました!」

「いえいえ、私もテンション上がってしまってにずっと扉の前で待っていたから悪いの。これからはノックがあったら、とりあえずドアに向かって硬球とかおもっくそ投げます。それで反応がなかったら開けるようにします。だから表を上げて、姫子ちゃん」

「いやいや、俺が調子こいてたんです。ノックした後、扉の前で今みたいに土下座してればよかった。あなたが扉を開くまで、今みたいに紅蔵さんに絶対服従を誓うような形に持っていくだけのアドリブが俺にできればよかった。でもできなかった。だから俺今してる。すごくこわい。だから殺さないで。尿道に細長いビーカー突き刺すとかそういう類の拷問はよして!」

「いえいえ、そんなマニアックな拷問なんかしないよ。ねっ、姫子ちゃん。これから一緒に住む仲だから。これくらいのハプニングたいした事ないよ。色んな事乗り越えていこう!一緒に住む相手が誤って蟷螂だったなんてハプニングだったら、私許さないけど、姫子ちゃんは人間の女性じゃない。仲良くしましょう」

「紅蔵さん、本当にすいませんでした。俺あなたみたいな漢と一緒に住めて光栄です。ほんと一緒に住む相手が女だったらどうしようかと思ってました。紅蔵さん、これからもよろしくお願いします」

お互い土下座する形になっていた二人は、そっと顔を上げた。そしてお互いを見た。

「・・・出町柳紅蔵さん・・ですよね?」「・・・祇園四条姫子ちゃん・・だよね?」

止まる世界。

「・・・せ・・性転換・・されたんですか?」

二人の声は重なった。



「管理人さん、一体どういう事なんですか!! 私の同居人は姫子ちゃん(紅蔵さん)だって言ってじゃないですか!」

アパートの管理人室に響く声。それを少しも慌てる事無く笑って見ている初老の管理人。

「まぁまぁ落ち着きなさい」

半笑いで若者二人を宥めようとするが彼らはおさまらない。

「ふざけないでください、落ち着けるわけないでしょう」

「あなた、この人は目上だよ。どういう口の聞き方してるの。謝りなさい!」

「何言ってるんですか、この人か不動産屋に不手際があったからこんな状況なんでしょう」

「そうだぁああ、ちょっとぉぉぉお、この初老ぉぉぉぉ!! 一体どういうつもりですかぁぁぁ!!!」

部屋にいた名前も知らない女性がやたら激高している。気分の浮き沈みが激しい人なのか?

「いやぁ、君らの本来の同居人ね、紅蔵くんと姫子さん。突然賃貸契約を解除しきてね。姫子さんはたしか、ご両親にね、今回のルームシェアの件隠してたらしいんだよ。女子大の寮に住むとか嘘ついてたみたいで。それがバレちゃったらしくてね。いやぁ、まいったまいった。」

「・・・姫子ちゃん・・・・・」

「べ、紅蔵さんは?」

管理人はため息をついて首を振るとヤレヤレといった感じで机の上にあったティーカップを持つと、ゆっくりと中のコーヒーを床に垂らしながら言った

「こうなったんだよ」

意味がわからなかった。法律という壁がなかったらかなり強めに殴打していたもしれない。

「それで・・どうして僕達が一緒に住む事に・・?」

「君たちルームシェアしたかったんだろ? だったらいいじゃないか。パートナーが少し変わっただけだよ」

「ちょっとじゃねぇぇっぇぇだろがぁぁぁぁぁぁ、初老のEDィィィィィ!! 男性器生えるほどの大変貌遂げてるでしょぉぉぉぉぉう!! 男と暮らすなんてできませんよぉおぉおお、このEDのET!!!」

少しもうまい事を言ってないのに言い終わった後少し満足そうな女に恐怖を覚えながら翔太郎も続く。

「僕も困りますよ女性と暮らすだなんて」

「空き部屋もう埋まっちゃったし。今回はこれで頼むよ」

「私がレイプされたらどうするんだああああああああああああああああ!!」

ちょっと静かにしてくださいと翔太郎は騒ぐ女に言うと、彼女は一瞬で黙った。黙ったと言うか泣きそうだった。ものすごい涙が溜まった目で体を震わせながらグスグス鼻を鳴らしてこっちを睨んでいる。涙が流れていないだけで完全に泣いている。しかし今は彼女に構っているいる場合ではない。翔太郎は管理人の方へ向き直す。僕が戦うんだ。理不尽な大人には正義の鉄槌だ。司法よ、僕に力を。

「・・・とにかく出るとこ出させてもらいますよ」

「これ」

管理人が紙を1枚出す。

「契約書。入居後半年以内に転居する場合は家賃1年分の罰金」

「・・・は?」

翔太郎が絶句する。紙をひったくって確認すると確かにそう書いてあった。

「すでに入居して半年以上過ぎている私には関係ありませんよ」

半泣きでプルプルしながら腕を組んでふんぞり返っている女性の方を向いて管理人が笑う。

「家賃安くするから」

「・・・え?」

管理人がどこからか持ってきた電卓をはじいて見せてくる。

「これくらいでどう?」

「やだ・・うそ・・あたし興奮してきちゃった」

さらに翔太郎の方を向き、続ける。

「君は一ヶ月だけ家賃半額にするから、ねっ」

「え・・・・中古のガムいっぱい買えるじゃないか・・」

二人は壊れたロボットのように軋む様に向き合う。

こうして二人のルームシェアが始まった。
酷く不器用な二人の生活。
男の名は、翔太郎。大学一回生予定
女の名は、アキ。社会人一年生予定
春を目の前にしたある日の出来事だった。




父が死んだあの日以来。翔太郎は空を飛んでいない。あの一回限り。そもそも人間がなんの機械の力も借りずに空など飛べるわけがない。きっと夢だったんだろう。そう思いながらも、あの肌寒さ、父に会えると思った高揚感。あれは夢なんかじゃないと思う彼もいた。見慣れ始めた天井。ルームシェアが始まってから1週間が過ぎていた。二人が決めた事はまず、お互いの境界線。プロレスラーがリングをグルグル回りながら相手を牽制し合う感じでリビングを歩きながらお互いの自己紹介を探り探り行った。どうやらアキはかなりの人見知りのようだった。翔太郎も決して人当たりがいい方ではなかったため二人はすぐに中学生時代の恥ずかしい過去の言い合いができるような仲良しにはなれなかった。

アキは自分の選んだ部屋の前に、たくさんの鳴子を張り巡らせた。翔太郎は自分の選んだ部屋の扉に、アキが苦手だというホラー映画のポスターを貼った。家事全般は完全に別々。家庭内別居である。そうして日々が始まった。お互いに会話はほとんどなし。お互いにどうにかしたいと思いつつも、歩み寄ろうとする事はなかった。

ある日、リビングのソファでうっかり眠ってしまった翔太郎。アキは眠る翔太郎にそっと近づいて毛布をかけた。異性が特に苦手なアキにとっては大冒険だった。毛布をかけると同時にクラウチングスタートで部屋にダッシュで戻り、ベリーロールでベッドにダイブ。そして勢い余って壁に頭から激突。薄れゆく意識の中、これが仲良くなるきっかけになればと、年長者として歩み寄るんだと、彼女は思った。しかし翌日不器用なアキは心とは裏腹に感情のぶつけ合いしかできない。

「あの、毛布かけてくれてありがとうございました」

「目の前に汚い野菜があったから、洗ってサランラップしてあげただけなんだけど」

「洗ったの?」

「洗うわけないでしょ、童貞の包茎に掌底ブチかますぞぉおおお!!!」


どうにかしたいけどできない。こんなくだらない事で喧嘩したくない。もっと話してみたい。そんな事を思いながら、その日の夜シャワーを浴びるアキ。その音を聞いてオナニーをする翔太郎。二人の距離は縮まらなかった。

そして数日後、事件は起こる。微妙な位置のままの二人。深夜、アキが眠っている時間、アルバイト先の飲み会があった翔太郎は酒を飲んで帰宅した。元々酒に弱かったため、前後不覚になるほど酔っ払った翔太郎。彼は間違えてアキの部屋を自分の部屋だと勘違いしてしまう。扉に手をかけようとした、その時、何かに躓く。鳴子である。鳴り響く警鐘音。その音で酔いが覚めた翔太郎は戦慄する。アキの部屋の扉が少し開いている。その隙間から、大好きなバンドの解散ライブで怒りや悲しみ、そんな複雑な感情を抑え切れない熱狂的なファンのような顔をしたアキがいた。アキは手に持った林檎を投げつけてきた。実家がりんご農園を営んでおり、先日大量に送られてきたものである。翔太郎はその林檎を包丁で真っ二つにする。実家が刀鍛冶を営んでおり、先日大量に送られてきたものである。深夜、二人は一心不乱に投げては斬り、投げては斬りを繰返した。部屋はりんごまみれ。アキは疲弊して倒れこんだ翔太郎の頭に、ここぞとばかりにパイナップルの中身をくり抜いて作った仮面を被せてきた。彼は汁で全身がぬちゃぬちゃになって異生物から新たに輪廻転生したみたいになった。生まれた時からずっとそうだったように、ぴったりとフィットしたパイナップルを外す事ができす中からぬちゃぬちゃ食べた。どこかの部族の祝い方にこんなのがあるかもしれないなぁと他人事のように考えながら食べ進んだ。ようやく皮まで食べて視界が開けたとき、アキは腹がよじれるくらい笑っていたので垂直落下式DDTをブチかました。明け方、二人はリビングに倒れていた。しかし笑顔の二人。ようやく二人は少しだけ、自分について話し合えたのである。少しだけ前に進んだ。

そうして、どうしようもなくぎこちなかった日常は氷が解けるように、人々が凄惨な事件をすぐ忘れるように、少しずつ変わっていった。二人は冷戦状態から、よくあるルームメイトへと変わっていった。

秋になって、アキに少しずつ元気がなくなっていった。大学生はまだ夏休みだ稼ぎ時だ、とバイトに明け暮れていた翔太郎がアキの変化に気がついたのは、かなり時間が経った後だった。どうしたの?月経的な何か?と聞くと延髄に気持ちのいい蹴りをお見舞いされて気絶した。翌日翔太郎はアキの職場をこっそり覗き見る事にした。帰宅時間から予想するにアキはほぼ職場と家の往復を繰り返す枯れ果てたサボテンのような生活をしていた。朝彼女が出勤した後してから彼もそこへ向かう。場所は以前アキに手が内出血で鬱血するほど名刺交換の練習に付き合わされた事がありその時にもらった名刺に書いてあった。1時間もすれば彼女の勤め先についた。生意気にも小さな自社ビル所有の会社だった。中をそっと覗き見ると、そこには苦悶の表情をする彼女がいた。空気椅子をしていた。一日覗き見た結果わかったのだが、ドジな所があるアキは仕事でミスが多いらしく、いわゆるお局様とやらにいびられているようだった。しかしながら顔が童顔でかわいらしい彼女は男性社員からはいたく気にいられているようで、それに腹を立てたお局率いる女子社員連合に手ひどくイジメを受けている、そういう風に見えた。営業職であろう男性社員が帰社するまでその空気椅子は続き、アキは就業中一度も笑う事はなかった。ただ空気椅子強制をさせられていい汗をかいていた。その夜帰ってきたアキは「最近ジムに行って足腰を鍛えている」と笑って話しながら綺麗なヒンズースクワットを見せてくれた。家ではまだ笑ってくれていた。自分が支えてあげるんだ、翔太郎はそう思った。


冬。凍てつく寒さが全てを凍らせるように、二人の関係はルームメイトから進歩がないまま、冬が来た。あれからアキはますます不安定になった。浮き沈みが以前よりも激しくなった。不器用で人見知りだが、本当はよく笑うアキに惹かれていた翔太郎は彼女を休みの日に色んな所へ連れ出した。そんな時だけアキは夏頃そうだったように笑ってくれた。そして今日はクリスマス。今年は土曜日がクリスマス。二人は約束した、一緒に楽しく過ごすと。翔太郎は朝からバイトで休日のアキは朝からたくさんの料理を作った。夕方アキが携帯を見ると

「ちょっと遅くなる」

と翔太郎のメール。アキは少し呆れてそして気がついた。ケーキを用意していない事に。七面鳥を自分で育てて、自分の手で解体する事にこだわり過ぎた彼女はうっかり忘れていたのだ。時間はまだある、どうせなら都会の方へ出てデパートなんかで自分じゃ作れないものすんごいケーキでも買ってこよう。それを見たら彼はどんな顔するだろう?甘いものが大好きな彼は、どんだけアグレッシブなリアクションを見せてくれるだろう? もしかしたら、嬉しくて指を一本ずつ折ってくれるかもしれない。そうして彼女は都会の街に行き、女の子と楽しそうに歩く翔太郎を見た。

夜。翔太郎は慌てて帰ってきた。

「ごめん、ちょっと遅くなった」

「誰?」

「えっ? 僕は・・翔太郎だけど」

「今日誰と歩いてたの?」

「今日誰と歩いてたの?」

アキは何度も繰り返しながらにじり寄ってきた。

「基本的にいつも一人なんだけど、僕」

「夕方に・・女の人といた。・・今日は一緒に過ごすって約束したよね?」

女?母の胎内から押し出されたあの瞬間から、極めて誰よりも深く潔く童貞を貫いている彼にとってもそれは驚愕の事実だった。僕が女と歩いていた。僕は自分が気がついていないだけで、本当は女と遊びまくっていたのか?二重人格なのか?自分が、馬鹿な?もし二重人格で片方が非童貞なんだったら、今の僕は童貞なのか?肉体的には童貞じゃないかもしれないが、心は童貞だ。心童貞だ。略して心童だ。僕はいつも一人なのに一人じゃなかったのか。なんて哲学的なんだ、この体験は文章化して自費出版すればベストセラー間違いなしだ。印税で家を買ってアキと暮らそう。家か、印税の額にもよるけど庭ありの戸建てだな。アキには家庭に入ってもらってアップルパイでも焼いてもらおう。僕はそれを楽しみに作家活動に勤しむんだ。子供は男女一人ずつがいいかな。名前は

「翔太郎くんが誰と居てもいいんだけど、でも今日は一緒にいるって約束したよね?」

アキの言葉で我に帰る。

「・・・何かの間違」「死んで」「はい?」「自害して」「それは・・勘弁」「ほら包丁。あなたのお祖父さんが作った切れ味鋭い包丁よ」「いや・・ちょっと切腹は今時流行らないと・・」「首に包丁を突き刺しなさい」「うわぁ、アグレッシブ・・」「黒髭危機一髪くらい刺しなさい」「首飛びませんよ。血が大量に出るだけです」「あの女と何してたの?あの派手な格好をした女と」「派手な?あああ、あれは英会話教材を買わされそうになってただけで」「嘘つき」「何度言ってもついてきやがるんですよ、あの雌豚。違うよ、全然違う。今日はアキへのプレゼントを買いに行ってただけなん」

その言葉を言い終わる前に、シャンパンの瓶で思いっきり殴られて翔太郎は気絶した。
翌日、目を覚ました翔太郎はアキが家にいない事に気がついた。翔太郎は取り乱したが、どうやら普通に仕事に行っただけのようだった。どんな状態でも彼女は社会人だった。アッパレでござると、頼りなく呟いて痛む頭を押さえながら天を仰いだ。

アキは職場で死人の様な出で立ちだった。昨日の事があって、心は破裂しそうだった。破裂と言ったら私、私と言ったら破裂、とマジカルバナナのリズムで繰り返していた。目に入るものは気に障り、全て自分の目に入らない場所へ転移させてしまいたい状態。そんなアキにお局社員が近づいてきた。右手にコーヒーを持って。

「どうしたの、今日は元気ないじゃない? これでも飲んで元気出しなさい」

差し出されたコーヒーにアキは感動した。こいつはこうやって元気がないときは励ましてくれる優しい人だったんだ。正直何回殺しても殺し足りないくらい憎みきっていて、この恨みを文章に纏めて自費出版で本でも出そうかと思っていたくらいだ。しかしどんな人間にも慈悲の心がある、それを知れたアキはうれしくてコーヒーを一気に飲んだ。舌は火傷し、そして泥酔した。コーヒーの中にはスピリタスが混入されていたのである。酒を飲まないアキはそれに気付かず飲み干した。そのまま暴れた。机の上に飛び乗り、堀江さんのあごをひざで折った。佐藤さんの頬骨を回し蹴りでへし折った。森さんの肩をはずして入れ直した。そして騒ぎを聞きつけて現れた部長に向かって、これがほんまのデスクワークじゃいとなぜか関西弁で机を振り回した。部長は窓を突き破り、アキの目に入らない場所へ消えた。

夜。
翔太郎が家に帰ると真っ暗だった。電気をつける。アキの名前を呼ぶが返事がない。日付はもう変わろうとしていた。アキは今までどんなに遅かろうと、日付が変わる前には帰ってきていた。今までこんな事はなかった。リビングは今朝翔太郎が片付けたまま。昨日あんな事があったのだ。やっぱり彼女に何かあったのかもしれない。翔太郎はアキの部屋の前に立った。邪魔な鳴子を引きちぎって中に入る。初めて見る彼女の部屋。彼は目的を忘れて酷く興奮した。とりあえず、彼女の部屋のいたるところに陰部をすりつけようとして机の上であるものを発見した。遺書である。正確に言うと遺書の下書きである。そして「絶対安心ここならGO TO HEAVEN」と言う本。あるページにふせんが貼ってあった。ふせんには「ここで死ぬ」と殴り書きで書いてあった。アキは死ぬ気なんだ。なんで僕はこんな変態行為に勤しもうとしていたんだ。こんな事してる場合じゃない。急いで部屋を出て行こうとする彼は足元の何かに躓く。それは写真の束。翔太郎とアキがりんごまみれで笑っている写真。全部同じ写真だった。100枚くらいありそうだ。意味がわからん。なんで100枚も。注文する時に数を書き間違えたのか?その写真の中の二人は幸せそうだった。楽しかった日々。彼女がいなけりゃ駄目だ。死なせたくない。大切な人を失いたくない。彼は「絶対安心ここならGO TO HEAVEN」を乱暴に手に取り、外に飛び出た。

海沿いにある崖の手前。アキはレンタカーに乗っていた。車内にはすでに火がくべられた練炭がたくさん置かれていた。練炭と崖にダイブの2段構えで自殺。いつもどこかでミスしてしまうアキは、二段構えの策を選んだ。遺書は近くの岩陰に置いた。後は・・アクセルを踏み込むだけ。暑くて苦しい。どうせ仕事もクビだろう。もう生きるのは苦しい。だからもういいか。時計を見た。大好きだったあの海外ドラマ。主人公は幸せになれるのかな?私は全然だよ。少しアクセルを踏み込む。車が少し進んで、体がどうしようもなく震えた。怖い。死ぬのは怖い。けど、もう死ぬしかない。会社をクビになる。両親に合わせる顔がない。さえない学生生活を変えたくて二回生の時一念発起して始めたルームシェア、最初の同居人は年上の女性だった。ドジでバカな私をいつも励まして、支えてくれた。私の就職が決まったと報告したとき、結婚する事を告げられた。今度は自分が彼女のようになるんだ。私がいつもそうしてもらっていたみたいに。次の同居人は男の子だった。ちょっと内気なかわいい男の子だった。自分が引っ張っていこうと思った。でもうまくいかなかった。反対に助けられていた。仕事も私生活も失敗ばかりで落ち込む私を彼はいつも励ましてくれた。いつだってやさしくて、いつだって私の側にいてくれた。彼は私が死んだ事を知ったらどうなるだろう?この場所に花をそっと置いて泣いてくれるかな?泣いてくれるだろうか?そんな事を考えていたら涙が止まらなかった。生きたい。でも、彼も、この世界の誰もきっと私を必要としていない。彼にはあの街でみかけた女性がいる。誰も私がいなくても困らない。世界はそのまま何事もなく動く。アキはそっとブレーキを離した。クリープ現象でゆっくりゆっくり車は動く。少しずつその時は近づく。少しずつ少しずつ。その時ルームミラーに何かが映る。

彼が、いた。
息を切らしながらそこに。

「はぁぁぁぁい!! こんばんわぁぁぁ!!」「・・・翔太郎・・・」「はいブレーキ踏んでギアをニュートラルにして。サイドブレーキも。あとはキーまわしてエンジン止めようね」「どうしてここが?」「なんでこんな遠いとこまで来るの? タクシー代高くついちゃった」「・・・・・」「ほら・・・こんな有名自殺スポットで騒いじゃったから、霊的なものがざわついてるじゃん!!」「・・・・・」「アキはそういうの苦手だろ。僕もものっそい怖いから帰ろう」「・・・・・」

「死んでどうするんだよ?」

翔太郎は続ける。

「死んだら終わりだよ」

「・・・何もないから、生きてても」

「あるよ。楽しい事たくさんある」

「ないよ」

「僕も生まれてきたくなんかなかった。でもさ、産まれちゃったんだよ。父さんと母さんがSEXして。生きてても辛い事ばっかだよ。自分に自信なんて持てないし。昨日も大学で無視されたし、バイト先でも怒られた。客に肩間接はずされた後入れ直された。でもさ、たまに楽しくて仕方ない事がある。それでいいんだよ」

「よくないよ!!!!!!!」

轟音。
アクセルが踏み込まれ、急発進した車。その前に翔太郎が躍り出て、そして当たり前のように轢かれる。翔太郎が昼の部長の様に空を舞った。急停止する車。翔太郎は崖から落ちる直前の場所に頭から落下する。

「しょう・・たろう・・・?」

彼を名を呼ぶが答えはない。変わりに血だまりが広がっていく。

「わたしがころしちゃったの?」「わたしがしょうたろうを」「ころした」

アキはただ放心していた。愛する人間を殺めてしまったという罪悪感や震駭も、自分を追い込んだ世界への憎悪も焦燥も。空っぽになった彼女はただ動かない真っ赤になった翔太郎を見ていた。彼はあんな状態になっても自分を落としてなるかと言わんばかりに崖を塞ぐ様に倒れている。意識が朦朧としてきた。後部座席に目をやると彼女が用意した練炭が紅く車内を染めていた。もうどうでもいいやこのまま死のう、そう彼女が思った瞬間、レンタカーが揺れた。目線を前に戻すとボンネットに血まみれの翔太郎が立っていた。そして手に持った石でフロントガラスを叩き割ると中から彼女を引きずりだす。地面に叩きつけられた衝撃と、一酸化炭素から開放された事で咳き込むアキに翔太郎はゆっくりと語りかけた。

「これでおしまい、ね。ほら僕が代わりに死ぬ思いしたからおしまい。こんな感じになってるじゃん。これ大丈夫?マズイ事になってない?怖くて見れないんだけど、ちゃんと足とか腕、ある?痛みを感じないんだけど、臓物的なもの出てない? そりゃこれ喰らったら父さん死ぬよね。ところで痛みを感じないってデフレ期に消費税率上げちゃう政治家の心みたいだね」

「翔太郎・・・」

「いいか。人はいつか死ぬ。物だっていつかは朽ち果てる。だから美しいんじゃないか。絶対に壊れないもの、なくならないもの、完璧なものなんてすぐ飽きちゃんだよ。ありがたみが無くなるんだ。海原雄山が言ってた。あと、人の一生は魔族に比べて短くて儚い。だから一生懸命生きるんだ花火のように、覚えとけバカヤローってポップが言ってた。二つとも今は言わなくてもいい事かもしれないけどおおおお!!!!」

「・・翔太郎には大切な、あの女の人がいるから、そんなにがんばって生きれるんだよ」

「違う!」

「私は駄目だ。仕事も私生活も何もうまくいかない。私は全てを望んでるわけじゃない。神様になりたいわけじゃない。本当に些細な事しか願ってないよ。でも何もうまくいかない!甘かったんだよ、ずっと誰かに甘えっぱなしの甘い、甘い生活だった!」

「アキ」

翔太郎は走った。

「好きだ」

アキを抱きしめる。

「アキがいないと生きていけない。ずっと側にいて欲しい」

「しょう・・・たろう」

アキは目からそっと涙がおぼれ落ちる。

「私も・・私も翔太郎の事が・・好き」「うん」「翔太郎が好き」「うん」「私・・結構年上だけど大丈夫?」「そういえば結構年離れてたんだっけ」「今更そんな事言うの!!!」「ヒッ、ごめん」「許さない」「ごめん」「もう一回言って」「へ?」「好きって・・・もう一度」「いやいや、そんな何回もいう事じゃないし・・」「言えぇええええええええ!」「いやいや・・」「やっぱ死ぬ」「おおおお崖の方にいくなぁああああ」「死ぬ」「好きって言えば満足か!?」「結婚するって約束して」「いや・・結婚とかそんな軽んじて言うことじゃないし」「言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」「まだ学生だし、僕」「言葉に出さないと伝わらない事がある」「就職氷河期だし、今」「言わなくても伝わるなんて無理だよ!」「そういう事は僕がしっかり稼げるようになってから」「私達は所詮他人なんだから」「最低でも年収350万は稼ぎたいな、就職が有利になるように今から色々資格取らなきゃ」「わかりあう事なんてできないんだから!」「あ、うん」「結婚する?」「あ・・はい」「する?」「・・はい」「じゃあもう死なない」

アキが翔太郎を抱きしめる。翔太郎もそれに応える。しっかりと。翔太郎はそっと夜空を見上げた、今日も父は遥か遠くから自分を見守っていた。アキが両手で翔太郎の顔を自分の方へ向けさせる。見つめ合う二人。目を閉じる。唇を近づけようとした、その瞬間

アキの乗ってきたレンタカーが爆発した。中にあった練炭的なものがきっかけで、なんやかんやで爆発した。

抱きしめていたはずのアキが消えた。爆風で落ちた!崖から!ほんの一瞬呆気にとられていた翔太郎も崖から飛び出した。もう嫌だ、目の前で大切な人を失いたくない。スローモーションで白黒に彩られた世界。あの時、父が死んだ日、僕は飛んだ。あの時以来一度も飛べた事はない。夢だったと思っていた。けど今わかった。あれはきっと父さんだ。父さんが僕が寂しい思いをしないように僕をあの空へ連れて行ったんだ。自分は見守っていると伝えるために。だったらもう一回だけ飛ばせてくれ。今ならまだ間に合う。失う前じゃない。今、力がいるんだ。この頼りなくてか細い手を伸ばして、いつも涙を拭っている彼女の手と繋げるんだ。守るんだ、彼女を。あの星になんて大それた事は言わない。ほんの数メートル先、星よりもずっと近くて遠かった彼女に

「とどけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

アキの体は浮遊感に包まれていた。崖が遠くに見える。もう助からない。きっと空を飛ぶっていうのはこんな感じなんだろう。風が強くて、寒くて、だれもいない。こんなにも辛くて、寂しい。私にふさわしい最後だ。やっぱり最後の最期までうまくいかなかった。やっぱり駄目だった。翔太郎には悪い事をした。こんな事なら素直に飛び降りておけばよかった。でも、必死に私を引き止めて、好きだと言ってくれた。私幸せだったよ、翔太郎。あなたに会えて。ありがとう、さよなら。

彼女を衝撃が襲う。あぁ、死んだんだな、そう思って目を開ける。しかしそこは冷たい海の底ではなかった。体は落下する事なく、夜空に浮かんでいた。自分の手を誰かがつかんでいた。もしかして、彼が。そこには翔太郎が・・いなかった。割とはなれた場所にいる。しかしアキの手は彼の手に繋がって空に浮かんでいた。遠くにいる翔太郎をよく見ると5mくらいある長い左手で崖の先を掴み、5mくらいある長い右手で彼女を掴んでいた。

「両の腕が伸びとるぅぅぅぅううううううううううううううううううううううう!!!!」

「辛いなら。辛くて笑えないのなら、僕が傍にいる。笑わせてやる。お腹が空いたらご飯作ってやる。血が見たいならリストカットしてやる。ずっと側にいるんだ。もう離さない、この手を絶対離さない」

「待って、なんか決め台詞的なものを言ってるけど、そんなの耳に入らない。なんなのこの腕!!!」「飛ばなかった」「は?」「間違えて願い叶えよった」「間違い・・」「父さんちょっとドジなとこがあったし」「うちのお父さんもよくドジッちゃったって笑ってるけど、私腕伸びないよ!」「アキを助けるため人であることを捨てた」「私が人類進化のきっかけに…」「ほら帰るよ」「ちぢんどるぅぅぅううううう、両の腕が縮んで私を地上へといざなってるぅううううう」



どこかの会社のどこかの部署。あるOL達が一列に並ばされていた。

「今までありがとうございました」

頭を下げるふりして、一人ひとりに頭突きをブチかましていく。唇をピンポイントで狙うので、みんな血まみれだった。

「今までありがとうございました」

「ぎゃやあああああぁっぁあああああああああああぎゃああぁぁぁぁぁぁっぁ人体の一部が裂傷してるぅぅぅぅ」

最後のお局さんにもう一発ブチかまして、彼女はその場を去った。


会社の外に出ると、雪が降っていた。少し先の小さな公園で頭に雪を積もらせて、彼は立っていた。

「お待たせ」「血だらけじゃん!」「私の血じゃないよ」「いや、どっちかというとそっちの方が嫌」「私の血ならいいの?」「いや・・そういうことではなく」「ねぇ・・」「うん?」「手繋ごう」「恥ずかしいからやだ」

アキは少し困ったように笑った。翔太郎の手は言葉とは逆にアキの手に繋がれていた。

「ねぇ、翔太郎?」

「何?」

「好き」

「うん、僕も好き」

一人じゃ何もできなくて、二人でもきっと何もできなくて。それでも二人でいようと決めた。
腕が伸びる男と、腕が伸びない女。
ルームシェアから始まった彼らの恋。不器用な二人の恋。君もきっとルームシェアで素敵な恋見つけられるはず!






という話を嫁にしたんですが、甘いの意味が違う、と当身を喰らわされました。緋村剣心が女性の当身は威力がないって言ってたのに、おかしい。あっ、違うか軽量だったら威力がないって言ってたのか。そんな事を言ったらもう一回破壊力のある当身を喰らわされました。もうすでに賢明な読者ならお気づきでしょうが、うちの妻は最近少々体が大きいというか、端的に言えばデブついてまして健康状態が不安だったんですが、先日ちょうど健康診断を受けたんです。結果はちょっとデブついてるけど、血液とかはサラサラで生活習慣病などは今の所問題ないとの事でした。尿が甘い生活にならなくて本当によかった。


この記事は2006年1月20日に投稿した「進研ゼミの漫画みたいな終わり方」という記事の書き直しです。
[ 2012/10/18 00:00 ] 若気の至り | TB(0) | CM(0)
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